ロックンロール rock'n'roll 大崎善生

ロックンロール rocknrollのコピー

パリ十四区のポート・オルレアンの小さなホテルで、
植村は孤立し孤独のなかで小説を書き続けている。
窓際の椅子に腰かけて、パティオの周りに建つ
アパートを眺めながら。
日本にいる編集者から催促の電話で1日が始まり、
カフェ「フォーミュラー1」でカプチーノを飲みながら、
言葉を探す。

3年前、植村は熱帯魚専門雑誌の編集長をしていた。
そこへ山川書籍の高井真吾が訪ねてきて
いきなり小説を書いてみないかと言いだしたのだ。
大学卒業後、出版社に就職して20年近くもの
熱帯魚雑誌の編集に飽きて、『自由になる魚』という
小説を書き、単行本として出版されて
新人賞を受賞したのである。

そして勤めていた出版社を退職して、山川書籍から
2冊めの小説を書き下ろすことを約束したが、
2年間筆が進まず、宇宙船を探しにパリに飛んだ。
その物語は、家出した中学生の洋一が
ツェッペリンの名曲『ロックンロール』を
口ずさみながら、札幌から東京まで
ヒッチハイクするという構想である。

ポート・オルレアンのホテルで書き始めて15日間で
60枚、洋一少年はまだ小樽にいる。
パソコンを起動させても仕事する気になれず、
洗濯をしてから窓辺の椅子に腰かけ、
高井が付き合っているという3人の女性の名前を、
しりとりのように唱える。
「奈美、美久、久美子」

スーツケースの底には、ジョージ・ハリスンの
初めてのソロアルバム
『オールシングス・マスト・パス』のCD。
それは出発直前、差出人に西田京子という名前が
書かれて、郵便受けに投函されていたものである。
その名前に見覚えはない。

札幌での中学時代、ビートルズの歌声に
胸が切なく高鳴り、成長とともに
好きなバンドは、レッド・ツェッペリン、ポリスへと
変わっていったが、ずっとロックンロールという
小石をポケットに忍ばせて歩いてきたのだ。

ジョン・レノンが死んだ夜、ロック喫茶のカウンターで
ビールを呷っていると、横に座る見知らぬ女の子が
発する悲しみの衝撃波を感じた。
そして彼女は「セックスしよう」と囁いた。

由利という彼女がいた20歳の植村と、名も知らぬ女の子は
『オール・ユー・ニード・イズ・ラブ』の大合唱を背に、
ホテルを目指した。
小さな死に向かっているような、激しいセックスだった。

ジョン・レノンが死んでちょうど1年めに、同じロック喫茶で
彼女と再会し、また細胞が際限なく分裂していくような
セックスをした。
別れ際に聞いた電話番号にかけた先にいたのは、
教えてもらった山本伊沙子と同じ名前だったが、
70歳近い女性だった。
そして名も知らぬ彼女に恋をして、新宿の街を
うろつきまわったが、彼女が姿を現わすことはなかった。
ジョンの3年めの命日も、4年めも、5年めも。

言葉もなく分かり合えた、超能力のような恋をした20年前に
思いを馳せながら、西田京子という女性が彼女なのではと
仮説を立ててみる。

ポート・オルレアンのホテル生活も3週間を過ぎたころから、
小説が転がり始め、少年は悲しみの電波を傍受しながら
青森へ入った。
小石の行方を楽しみながらパソコンに向かい、
ひたすら書き続ける。

担当の編集者・高井から久しぶりに電話があり、小説の
進み具合を訊かれてから、彼自身の話になった。
3人の女性と付き合っていることへの相談だったが、
受話器を置いてからドアがノックされ、植村がミラーから覗くと、
そこに立っていたのは、高井が付き合っている3人のうちのひとり、
石井久美子だったのである。

マロニエの葉を通して降り注ぐ木漏れ日を受けて、
カプチーノを飲むパリの風景と、ジェフ・ベック、
キング・クリムゾン、ピンク・フロイドなどの60年代のロック。

高音とゆるやかな開放弦の響き、エレキギターから奏でる
調べに包まれながら、植村はパリのはずれで、
執筆活動という始まりと終わりがはっきりしない生活で、
ようやく規則正しく回り始めたリズムが、
実体のない感傷に崩されるのを感じていた。

主人公の少年に自分を重ね、孤独と寂寥に耐えられず、
『ロックンロール』を口ずさむ。
植村は彼女の悲しみを感知し、恋が、転がる石となり、
人生が一転して……

高校生のころ、ラジオから流れてきた繊細な
12弦ギターの調べに琴線が震えた。
やがて訪れた静寂のなかで紹介された曲名は、
レッドツェッペリンの『天国への階段』。

本書の帯
《岩となれ、そして転がるな。ツェッペリンの名曲を
バックに、パリで展開する恋と人生》に、
気がつくと手にしていた1書。

ロックンロール (角川文庫)ロックンロール (角川文庫)
(2013/10/14)
大崎 善生

商品詳細を見る


テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

カウンタ
Kindle 電子書籍の購入
電子書籍リーダー
honto 電子書籍の購入
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カレンダー
01 | 2017/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
最新トラックバック
検索フォーム
カテゴリ
リンク
おすすめ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
プロフィール

Hollyzard

Author:Hollyzard
本が恋人です。
料理は大嫌いですが、でも実は天才なんです(笑)。
外でおいしいお料理に出会うと、勝手にアレンジしてマイレシピにしてしまいます。