悪人 吉田修一

悪人  

福岡市早良区荒江交差点から続く、早良街道と呼ばれる
263号線は三瀬峠に伸びている。
昔から、この三瀬峠には噂話が多い。
江戸時代初期の山賊の住処や、昭和の7人を殺害した犯人が
逃げてきた怪事件、新しくは宿泊施設チロル村での
発狂殺害事件などの噂話があった。

九州には珍しく積雪のあった日、長崎市郊外に住む若い
土木作業員が、福岡市内に暮らす保険外交員石橋佳乃を絞殺、
死体遺棄の容疑で長崎県警に逮捕された。

久留米駅に近い理容院イシバシの店主、石橋佳男には、
今年短大を卒業し、保険外交員をしながら、博多で一人暮しを
している娘・佳乃がいた。
その日、珍しく客足が途絶えなかったが、ようやく閉店時間の
7時になり、居間へ上がると、妻が娘と電話で話していた。
佳男は妻と電話を代わるが、友たちとご飯に行くからと、
ろくに話もせず切られてしまう。
それが、親子が交わした最後の会話であった。

佳乃は勤務している平成生命が借り上げているアパート
フェアリー博多に住んでいる。
30室全室を平成生命の外交員で占められており、なかでも
沙里と眞子のふたりと特に親しく付き合っていた。

2001年10月なかば、3人は天神のバーで、南西学院大学商学部
4年生の増尾圭吾のグループと出会い、佳乃は増尾から
メルアドを訊かれた。
実家が湯布院で旅館などを経営し、博多駅前に広いマンションを
借り、アウディA6に乗っている増尾にメルアドを訊かれたことが誇りで、
佳乃はそれから増尾と付き合っていると、つい2人に嘘をついてしまった。

3人が中洲の鉄鍋餃子店で食事しながらも、佳乃はこのあと増尾と
会うと沙里と眞子に嘘を重ねてしまう。
しかし実際に待ち合わせをしていたのは、出会い系サイトで
知り合った男のひとりだった。

そのころ長崎市の郊外に住む27歳の土木作業員清水祐一は、
三瀬峠の路肩に車を停め、時間を潰していた。
携帯を取り出し画像を開くと、顔は写っていない下着姿の佳乃がいた。
ラブホテルで撮ったこの写真に、佳乃は祐一に3,000円要求したのだった。

祐一との待ち合わせ時間は10時だったが、3人が鉄鍋餃子店を
出ときには10時30分を過ぎ、3人はそのまま地下鉄に乗り
千代県庁口駅で降り、2人と別れた
佳乃は薄暗い道を、待ち合わせ場所の公園へ向かった。

フェアリー博多に入居したころ、佳乃は出会い系サイトに
ハマっていたが、沙里と眞子と仲良くなってからは、
そんな時間もなくなった。
それが増尾にメルアドを訊かれたのち、ちっともメールが
来ないことに焦れて、またそのサイトに登録し、
出会ったのが祐一だった。

けれど、ルックスはいいが、なにをするにも自信のない様子で
ボソボソ喋る祐一を見るにつけ、佳乃は天神バーでダーツを
していた増尾を思い出してしまう。

祐一は高校卒業後、健康食品会社に入社するがすぐ辞めてしまい、
その後カラオケボックス、ガソリンスタンド、コンビニと職を変え、
23歳で今の土建屋の仕事に就いた。

東公園前の通りに駐車して待ちわびる祐一は、特に急ぐでもなく
歩いてくる佳乃を見て、軽くクラクションを鳴らした。

佳乃と別れてから、12時少し前に沙里が佳乃の携帯に電話するが出ない。
翌朝、博多営業所に出社し朝礼が済むと、営業部長がテレビをつけ
「三瀬峠で事件があったらしいな」と言う。

同僚の仲町鈴香が沙里に、増尾の後輩である土浦洋介に増尾の連絡先を
訊いて欲しいと頼まれ、洋介に電話すると、増尾が行方不明だと知らされる。

沙里が契約者たちの家をまわりながら、何度か佳乃にメールを入れるが
返信はなく、博多営業所に戻るとテレビのニュースで三瀬峠での
被害女性の特長を記すイラストが映されていた。
そのイラストは佳乃に酷似していたのである。

鈴香も戻るが、いまだ佳乃の行方が掴めないことに不安が募り、
眞子と沙里の3人で天神営業所に向かった。
そして営業部長の寺内吾郎にいきさつを説明し、寺内が警察署に
向かうと、遺体安置所には今春入社したばかりの石橋佳乃が横たわっていた。

待ち合わせた東公園で何があったのか?
佳乃はなぜ三瀬峠で殺されたのか?

増尾と佳乃が付き合っていることに疑念を抱く沙里。
サイトで知り合った男数人と実際に会っていた佳乃の
話を聞くのが嫌いではなかった眞子。
性に奔放な佳乃。
母に捨てられ、祖父母と暮らす祐一。

「どっちも被害者にはなれんたい」と話す祐一の優しさと悲哀。
被疑者を愛し、その温もりにただ少しでも長く触れていたいと願う光代。
明日のない逃亡生活の中で感じる愛。
ひとり娘を殺された両親。
祐一ではなく、事件の起因となった増尾に殺意を抱く佳男。
自分の罪など微塵も感じることなく、被害者を笑う増尾。
殺された女性の話を肴に盛り上がる大学生たち。

悪人とは誰なのか?

意味深な章題
第一章 彼女は誰に会いたかったか?
第二章 彼は誰に会いたかったか?
第三章 彼女は誰に出会ったか?
第四章 彼は誰に出会ったか?
最終章 私が出会った悪人
の五章で構成された、傑作長編ヒューマンミステリー。

不気味な三瀬峠の光景は、昔の塩尻峠を彷彿とさせる。
もうずいぶん昔に舗装され道幅も広くなったが、あの頃は外灯も
少なく急カーブが続く塩尻峠には、いろいろな噂話が飛び交っていた。

当時小さな工場を経営していた父は、経費節減のため、東京までの
納品を運送会社に頼まず、2トントラックで自ら運んでいた。
高速道路も松本まで繋がっていない時代である。
工場を閉めてから夕闇迫るころ出発し、日付けが変わる時間に到着して
荷を降ろし、トンボ帰りで戻るというハードスケジュールだった。
小学生だったわたしは、週末には助手席に座り、よく同行した。
10分ほど走れば、怖〜い塩尻峠にさしかかる。
ライトが左右に流れる急カーブで照らし出された1枚の看板。
そこに書かれていたのは
「ぼくはこのカーブで死にました」

新しい塩尻峠に変わると同時に、看板も撤去され、その意味する
恐怖も久しく忘れていたが、本書を読むうちに昔の塩尻峠に会うため、
そして自分かもしれない悪人を探すため、三瀬峠を訪れてみたいと
思うようになった。

悪人悪人
(2007/04/06)
吉田 修一
商品詳細を見る

テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

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Hollyzard

Author:Hollyzard
本が恋人です。
料理は大嫌いですが、でも実は天才なんです(笑)。
外でおいしいお料理に出会うと、勝手にアレンジしてマイレシピにしてしまいます。