唯一の 忘年会と 迎える 新年への想い

CorkBoard12のコピー

駅近くのこじんまりとしたフレンチレストラン。
そこが忘年会の会場。

以前、職場がその近くにあったときには、よくランチを
楽しんだ、かわいらしいレストラン。
ディナーをいただくのは初めてだったので、期待と新鮮な
気持ちが逸りつつ、集合時間の少し前に到着。

20人も入れば満席になる店内は、白いテーブルクロスが
清潔感を漂わせ、壁の棚に並んだワインの空き瓶が、
その種類の豊富さと歴史を物語っていた。
昔と全然変わらない雰囲気に、懐かしい空気が
心地よく身体を包んでくれる。

8人揃ったところで、シャンパンを頼み、カンパ〜イ!
ほうれん草とベーコンのキッシュ、信州豚のミートローフと
京人参の酢漬け、ホタテのベーコン巻きジェノベーゼ仕立て、
じゃがいものニョッキとキノコのクリーム煮、鯛とアンディーブの
バルサミコ酢ソース、グリルポークレンコン添えなど、素材にこだわり、
シェフの腕とアイデアに、お料理が出てくるたびに、小さな感嘆の声、
口に含むたびに出る「おいしい!」のひとこと。

お料理の話や昔話、会話も尽きることなく、けれど楽しい時間はあっという間。
ピスタチオのアイスクリームと林檎のチーズパイが締めのデザートとなったが、
このピスタチオのアイスクリームが独特の深い味わいとコクがあり、
1年の締めくくりには最高の逸品。

師も走るという師走。
公私ともに忙しない時期。
ちまたでは忘年会に走る方もたくさんいらっしゃるでしょうなか、
私は後にも先にも、今回が今年最初で最後の忘年会。
少し淋しさを感じつつ、でも最高のフレンチで締めくくられたことに、
満足感を覚えて、帰路につく。

明日は大晦日。今年もあと1日。

ご笑覧くださったみなさま、本当にありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

どうかよいお年をお迎えください。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

お面屋たまよし 石川 宏千花

お面屋たまよし  

同じ日に御招山(おまねきやま)に、捨てられていたふたりの赤ん坊。
彼らは御招山を統(す)べる隠(おん)さまに保護された。
迅雷(じんらい)がはじめて彼らを見たとき、2人は
まだ赤ちゃんだったが、今では迅雷よりもずっと背が高い。

天狗の寿命は人間より長く、迅雷は小天狗なので
まだ子どものままである。
太良(たいら)と甘楽(かんら)の仕事場は、祭りである。
《お面屋たまよし》で、面を売っている。
人間の姿になり、ふたりの様子を気づかれないよう
観察して隠さまに報告するのが、迅雷の役目だった。

ふたりの赤ん坊は山の者として育てられることはなく、
面作師の仁王次(におうじ)にあずけられた。
面作師は、人間の世界と山の世界との境界をいく者だから
なのか、仁王次はなんとも奇っ怪な顔をしている。

面作師とは、職能集団であり、面を作り売っているが、
ほとんどが屋号をふたつ持っている。
表看板と、表立って使われることのない裏の屋号である。
そこでは、なりたい姿に変化(へんげ)できる面ーー妖力を持つ
妖面を手に入れることができる。

祭りに《お面屋たまよし》の店を出していた太良と甘楽を
観察していた迅雷は、突然の雨にふたりを見失ってしまい、
となりの村まで移動してはみたものの、いまだに痕跡すら
見つけられない。
だれもいないあぜ道を歩いていた迅雷は、笠をかぶった
男・勘助に声をかけられる。
迅雷が人を探していることを告げると、その気の良さそうな男は
それらしきふたり組が、自分の許婚のじいさまのところにいたと、
いまきた道を引き返し案内してくれた。
そのじいさまも面作師だった。
孫娘のお菊は領主の菅原さまのところの大掃除に召し出されていて、
家にじいさまひとりのところに太良と甘楽が泊めてもらうことになり、
迅雷も嘘を重ねて上がらせてもらう。

甘楽の膝の上で濡れた髪を拭いてもらっているうちに眠りこんで
しまった迅雷は、勘助の大きな声で目が覚めた。
お菊が菅原さまの次男・半次郎さまに見初められ、このまま屋敷で
女公事として働かせたいということを聞いて驚きと怒りをあらわにし、
じいさまが止めるのも聞かず菅原さまにかけ合うため、飛び出していった。

夜更けに胸や肩に足跡を付け戻ってきた勘助が
「妖面を手に入れて、半次郎さまになる。そしてお菊を家に
戻そうって菅原さまに言うんだ」
と言うと、じいさまは
「妖面はすでにこの世の人間になることはできねえんだ。
それでもまだ知りてえか」と言って、太良と甘楽に、おめえたちから
話してやってくれと、勘助の背中を優しくたたいた。

ふたりは床に手をつき、頭を下げ語りはじめる。
「この面の売買には、《魔縁堂》を名乗っております。
妖面は、使用者の内面と深く結びつき、万が一面をはずせなくなった
方には、荒魂化(あらたまか)という現象がおき、
人であって人でない存在に成り果てるんです。そうなった場合、
われわれはその方を浄化しなければなりません」
浄化というのは、人間の息の根を止めることらしい。
そこまで太良が説明しても、お菊を諦めきれない勘助は迷うことなく
面を買ってかぶると、人のよさそうな勘助が一瞬にして、
がたいのいい男に変わった。
そして夜が明けると同時に菅原さまのお屋敷に向かったのである。

口よりもおしゃべりな目を持ち、迅雷を包み込むように抱き寄せる
優しく頼りがいのある太良。
自分の方が先に生を受けたのにと思いつつ、太良の温かさが
気持ちいいと感じる迅雷。
「これも食えよ」と、限りある食料を迅雷に差し出すような
寛大な気持ちを持ちつつ、少し甘ったれの甘楽。
金平糖やボーロなどの南蛮菓子が大好物で、勘助がちゃんと
妖面の力を借りることができているのか、また門番たちに
ひどい目にあわされていないか心配する迅雷。
人の意識の中にまぎれこむ能力、小天狗が使える神通力。

面作師の世界では、歳がひとつでも上の者のことは、
あんじゃ、と呼ぶ。
庵の者、と書いて、あんじゃ。
あんじゃとは、無条件にひさしを与える存在。
太良は甘楽のあんじゃだった。
そして、山に捨てられていた、という圧倒的な疎外感の
ある事実にも、胸を痛めたことがないほど、面作師・仁王次の
深い愛と、山の主の庇護のもとに育ったふたり。

容姿の美醜、嫉妬、憎悪、苦悩、業、やっかいな人間の世界。
妖面を欲しがる人間たち。
妖面などというものを生み出す必要性を突き詰めるため、
祭りを渡り歩くお面屋たまよしの面作師見習いのふたり。

『御招山からの使者』『枯れない花』『へそ曲がりの雨宿り』
『ある兄の決断』の4章で構成された、人間の性に悲哀を感じつつも、
心優しい天狗たちに見守れながら、賢く思いやりあふれる若い面作師見習いの
ふたりが前を向いて進んでいく、ほのぼのと心温まる時代ファンタジー。

ふと気がつくと、太良と甘楽が尾をたなびかせながら、周りの
空気を明るい方向に浄化させてくれる、もしかしたら、
すぐそばにいるかもしれない、そんな思いに、生きてるって、
悪くないかもしれないと、思わせてもらえる物語。

お面屋たまよし (YA! ENTERTAINMENT)お面屋たまよし
(YA! ENTERTAINMENT)

(2013/08/09)
石川宏千花
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

パラダイス・ロスト 柳 広司

パラダイス・ロスト

記憶を失くした日本人留学生・島野亮祐。
不意に痛みが側頭部を襲う。
「無理に思い出さなくてもいいよ」
島野は顔をしかめながら、声の主に顔を向ける。
さっき自己紹介されたばかりのアラン・レルニエだ。
部屋にはほかにジャン・ヴィクトールとマリー・トーレスがいる。

ドイツ兵にたてつき、3人に助けられた島野が、そういえば、
と発しそうになった言葉を呑み込んだ。
ーー情報を与えるな。
ーー自分からは喋らず、相手に説明させろ。
何かが蠢く気配。

ドイツ軍に呆気なく降伏したフランスに潜入して
情報収集する『誤算』

ラッフルズ・ホテル内のロング・バー、 “楽園の中の楽園”。
米海軍士官マイケル・キャンベルはカウンターに向かいながら、
暗い顔でため息をついた。

赴任直後、キャンベルはホテルのロビーで、美しい女性を
見かけて強烈な衝撃を受ける。
同僚を問いただし、聞き出した名前は、ジュリア・オルセン。
キャンベルがジュリアに猛然と言い寄り逢瀬を重ねるようになった
ある夜、ひとりの英国人実業家が死体で発見された。
その犯人として、ジュリアが警察に逮捕されたのだ。

“東洋の真珠” あるいは “神秘の楽園” と称される英領
シンガポールで、最高級のヨーロッパ式ホテル、ラッフルズ・
ホテルが舞台のミステリーロマンス『失楽園』

「数年前、日本陸軍内に極秘で設立されたスパイ養成機関出身の
優秀なスパイたちが、最近国内外で暗躍している」
横浜のガスライトというバーで、英国タイムズ紙極東特派員
アーロン・プライスは、その噂を耳にした。
武士道を重んじ、スパイを忌み嫌っている精神風土で、優秀なスパイなど
育成できるわけがないと思っているプライスに、在日英国大使館に
勤める事務員ビュー・モリソンは
「その養成機関では軍外の者たちが集められ、スパイとしての
教育を受けているらしい。世界各地で彼らの活動によると思われる
情報被害が発生しているようだ」と言う。

結城中佐?
デスク上に広げたメモ用紙の中央に、そう記されている。
彼こそがひとりで帝国陸軍内にスパイ養成機関を作り、
スパイたちを治めるスパイマスターだという。
謎の男、結城中佐の過去を追う英国タイムズ紙
極東特派員のプライス。

“魔王” 結城中佐の過去にせまる『追跡』

まさに地獄絵図の船橋内。
至近距離から発射された数発の砲弾。
完全に破壊された船橋。
そこに居合わせた者たちにもたらされた惨状。

緑色の皮鞄を重そうに抱え、船長室から戻ってきた部下を
確認して、指揮官の男が命じる。
「船倉に2倍の爆薬をしかけろ。退避後、この船を沈没させる」

大日本商船の豪華客船朱鷺丸は、全長178m、総トン数1万7千トン、
最大速力21ノット。
世界最高水準の客船は “洋上のマドンナ” と称されている。

欧州では2度目の世界大戦が勃発するが、中立国である日本と
アメリカを結ぶ太平洋航路は、貨客船ビジネスで賑わっていた。
朱鷺丸の甲板でクロスワードパズルに夢中になっていた
内海脩はハッとして立ちあがる。
青い海原、少し離れた海面の黒い影。
誰かが絶望したように呟く。
「Uボートだ」
Uボートは海上通商破壊を目的として開発された、ドイツ海軍の
秘密兵器で、その言葉には、恐怖という感情が込められていた。

サンフランシスコを出航した朱鷺丸に乗り込んだ、スパイ同士の
闘いを描いた『暗号名ケルベロス 前篇』『暗号名ケルベロス 後篇』

生き延びること。生きて帰って報告すること。
それがD機関員に課せられた使命。

第日本帝国陸軍内に秘密裏に設立されたスパイ養成学校、
通称D機関に所属するスパイたちの暗躍ぶりが描かれた
『ジョーカー・ゲーム』シリーズ第3彈。

パラダイス・ロストパラダイス・ロスト
(2012/03/24)
柳 広司
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

別れ と 出逢い と スキニージーンズ

GH Jeans

3年前に買ったスキニージーンズ。
生地が擦り切れ、膝が露出するようになってしまった。
それを見た母が「それじゃあ寒いでしょう?」と眉をひそめる。
はい、確かに寒いです。

ジーンズなのだから、多少の破れは全然気にはならないけれど、
デニム地もだいぶヨレヨレ、ウエストのボタンホールも
ノビノビになってきたので、
新しいジーンズを買おう!と、一念発起。

さっそく高速インター脇のショッピングガーデンに入っている
ファッション店を覗いてみる。
ショーウィンドーには「歳末バーゲン30%オフ」のチラシ。
ラッキー!
と胸をときめかせ、ジーンズコーナーへ。
でも、ジーンズが並んでいる棚には
「こちらの商品は10%オフとなります」との貼り紙。
少しがっくりしながらも、数本をウエストにあて、鏡に写してみる。
う〜ん、「これ!」っと、しっくりくるものがない。

初売りなら、もっと安くなってるかもしれないし、今日はやめて
おこうかと、あてていたジーンズを戻し、ドアに向かって
歩いていた刹那、視界の片隅をよぎった鮮やかで慎ましい紫色。
前へ出かけた足は、そのまま宙をふらつき、回れ右。
広げてみると、まるで私の持っているお気に入りの編み込み
ハンドニットのセーターのために誂えたような色。
そこへ斜め後ろから「綺麗な色ですよね?」と、店員さんの声。
その抜群のタイミングに、これは「買いなさい」と、天からの
お達しかもしれないと、自分に都合よい解釈をして試着室へ。
そして即購入。

帰宅してマイ編み込みセーターと合わせてみると、思っていた通り、
セット商品のようにぴったりフィット。

出会えた紫色の悦びに浸りながら、今までずっと私の足を守って
くれたヨレヨレのジーンズにありがとうとさよならを告げる。
ちょうど明日は資源物の収集日。
リサイクルされ、新しい衣服に生まれ変わって、
新しいご主人の肌を温めてあげてください。

テーマ : いいもの見つけた
ジャンル : 日記

星々の舟 村山由佳

星々の舟

『雪虫』
暁は志津子が実の母でないなどとは考えたこともなかった。
東京の西のはずれで大工をしていた厳格な父・水島重之。
夫の出征中、男の子を産んだが、3歳足らずで肺炎により命を落とし、
重之が復員して貢が生まれてからは流産を繰り返したのち暁が生まれ、
翌々年亡くなった母・晴代。
そこへ住み込みの家政婦としてやってきたのが志津子だった。
志津子の娘・沙恵は暁より1歳下でいい遊び相手になり、
そして重之は志津子を後妻に迎えたのである。

それから美希が生まれ、その妹から明け方、志津子が
クモ膜下出血で危篤状態だと電話があったが、暁は15年近く
離れていた東京の家に戻ることを逡巡している。

暁は大学を中退し、札幌にいくつか酒場やレストランを
持っている堂本に気に入られ、骨董店と娘・奈緒子を託された。

美希が生まれた年の春、重之は終戦後、工務店を始めた頃に
世話になった材木屋の二代目に借金の保証人を頼まれ、
引き受けたものの、材木屋は多額の不渡りを出し、
水島家は綱渡りのような日々を迎える。
重之はより偏狭になり、荒れて暴力が絶えなくなった。

ようやく東京に戻ってきた暁は、夜間受付で志津子の名を告げ、
薄暗い病院内でナースステーションを目指す。
「お兄ちゃん?」
突然聞こえた声に、ぎくりとしてふり向くと、暗がりに沙恵が……
違った。美希だった。
美希は棒立ちのまま泣き出す。
間に合わなかったのである。

病室に入ると、義母はつつましく横たわっていた。
顔に白い布はかかっていなかった。
布は、母親のそばで腰掛けている沙恵の膝の上にあった。

ーーあきらくんとさえちゃん、チューしてた。
その瞬間、食卓の空気が凍りついたーー暁がまだ幼児の頃だった。
昼間、池の浮き島に連れていこうと、沙恵をおんぶして進むが
バランスを崩し、ふたりとも水の中に横倒しになっていた。
なんとか浮き島によじ登り、暁が後ろへ倒れこんだ刹那、
真上から沙恵がのぞきこみ、沙恵の口が暁の口に重なった。

風呂上がりの沙恵と暁の体をバスタオルで拭きながら、
志津子は「仲良しでも、兄妹は結婚できないのよ」
と言う。
沙恵が反論すると、志津子は不意に泣き出した。
志津子の涙、暁がそのわけを悟ったのは、それから
10年以上も経ってからのことだった。
実は沙恵と暁は……

美希が主人公の『子どもの神様』、沙恵が主人公の『ひとりしずか』、
貢が主人公の『青葉闇』、貢の娘・聡美が主人公の『雲の澪』、
重之が主人公の『名の木散る』へと続く、水島家の人々の感動の物語。
厳格な父、家政婦から後妻になった母。
先妻の子と後妻の連れ子。
それぞれに持つ悩みや葛藤、いまも引きずる過去の想い。
星々のように輝き、ひとつの舟に乗って紡がれる。

星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)星々の舟 Voyage Through Stars
(文春文庫)

(2006/01/10)
村山 由佳
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

Merry Christmas !!

クリスマス6 のコピー


もうあれから5〜6年経つだろうか、街にはクリスマスソングが溢れ、
ツリーに飾られた電飾が夜の闇を明るく照らしてくれるころ、
横浜を訪ねた。

レインボーに輝くコスモワールドの観覧車。
街が一望できるパノラマビューのハワイアンリゾートカフェで
いただいたランチ。
赤レンガ倉庫で買ったミニチュアホイッスルのキーホルダー。
光の雪が降るランドマークプラザに飾られた、スワロフスキーの
幻想的なクリスタルツリー。
夜景がきらめくダイニングバーで飲んだドライマティーニ。
ロイヤルパークホテル60階の部屋から眺める横浜港。

クリスマスソングが聴こえてくると思い出す、ん十数回経験したなかで
最高のクリスマス。

また行かれるかなぁ〜と、追想と切望に耽りながら
今年は我が家でささやかなおウチパーティ。
小さなクリスマスツリーを飾り、豚フィレ肉の柔らかチャーシュー、
お得意レシピの鮪とアボカドサラダに生ハムのオードブル。
そして毎年恒例のジェラートデコレーションケーキ!
サイレントナイトにクリスマス・イブ、サンタさんや
ホワイト・クリスマスなどのBGMに包まれ、静かな聖夜かなぁ……

いつもご笑覧くださっているみなさまへ、
サンタさんからのプレゼントが届きますよう!
素敵な1日をお過ごしください。
Merry Christmas!!

テーマ : クリスマス
ジャンル : 日記

越境 パット・バーカー 高儀 進[訳]

越境

トムは執拗なローレンの声を聞きながら、
お願いだから、どうか黙ってくれと思った。

児童心理学者のトムと画家のローレンが離婚についての話を
しながら、川べりの小径に沿って歩いていた。
そして2人は立ち止まった。
視線の先には、桟橋の端で立ち止まっている青年。
その青年はコートとスニーカーを脱ぎ、瓶を振って
錠剤を空け、口に放り込んだ。
そして川に落ちた。

トムはコートのボタンを外し、バランスを
失いながら走って川に飛び込む。
氷のような水が彼を取り囲むが、水中を漂っている青年の
両腕を掴んで水面に押し上げる。
川堤まで泳ぎ着き、青年を泥から引き出した。
ローレンが青年の肋骨を押し、トムが青年の口に
息を吹き込む。
やがて青年は息を吐き、ローレンが呼んできた医療補助員により
総合病院に運ばれていった。

2人は家に戻り、いっしょに浴槽に浸かったあと、いっしょにベッドに
入ったが、ローレンはトムが彼女を妊娠させられなかったことを怒っている。

晩も遅くなってから、手紙やスペアキーを入れたコートを青年の
身体に包んだことを思いだし、慌てて病院に行き青年の病室を訪ねると、
ベッドから起き上がった青年が言う。
「あんたはおれのことがわからないだろうな。
おれが10歳のときのこと。覚えているかい?」

その青年は13年前、老女を殺害した、当時10歳の
少年ダニー・ミラーだった。
裁判で責任能力があるとみなされ、服役することになったが、
その精神鑑定をおこなったのがトムだったのである。

トムは、これは偶然なのか、それとも仕組まれた芝居なのか
いぶかりながら、ダニーから先週、保護観察官のもとから
刑務所へ逃げたという話を聞き、
「わたしのところに話しに来てもいいんだ」と、住所と電話番号を
書いたメモを渡し、トムは再びダニーと関わるようになる。
そんな折り、またも少年による老女殺害事件が……

ダニーの危険を孕んだ言動と洞察力。
児童虐待と少年犯罪。
拘置所のフェンスのこちら側とあちら側、無垢と殺人、結婚生活と
離婚、正気と病んだ心、小人と成人などに込められる「越境」の意味。
境界の曖昧さ。
重い題材をテーマに、緊迫感漂う異色の傑作長編。

学年一の才女だった中学の同級生はいま、美容室を営みながら
翻訳の仕事をしている。
あるとき彼女が言っていた。
「翻訳の仕事は、英語力より文章力」だと。

訳された外国文学を読んで、いつも感じるのは、日本人には
馴染みにくい、複雑な言いまわし。
日本の文化習慣に合わせた、文章力のある翻訳が、読者としては
望ましいものの、著者が伝えたい要旨と違えた結果になっては本末転倒。
本書は活字が自然に脳のなかで消化されていく。
いつしか違和感なく外国の風景に溶け込んでいた。

越境越境
(2002/09)
パット バーカー
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

献血と クリスタル盃 と 似顔絵

似顔絵2


「献血が趣味」
と言うと、たいていの人からは不思議そうな目で見られる。
「どうして?」
と訊かれ、答える。

自分に贅沢をさせ過ぎてしまった……思いっきり好きなものを
好きなだけ食べてしまったから、栄養を誰かにお裾分け?!
血の気が多いから、少し抜き取ってもらおうかと。
自分勝手な勘違いの自己満足。

初めての経験は、学生時代、構内に献血車がやってきたことが
始まりだった。
当時、コロコロしていた私は、少しでも体重が減るかな?という
不純な動機から、体験してみることにした。

小さい頃は多くの子どもが病気に罹りやすく、病院通いは当たり前の日常。
わたしも類に漏れず、ホームドクターもちゃんと存在してくれた幼い時代。
普通の子どもとちょっと違っていたのは、注射を打たれることが
嫌いではなかったことかなぁ。
だから今でも針を刺されることに恐怖心は皆無なのである。

献血の手順は、問診・医師の診察・採血と進み、OKをもらえば、
いざ本番へ。
リクライニングベッドに横たわり、看護師さんがやさしく
「ちょっとチクっとしますよ〜」
と言いながら、注射針を血管に刺し、吸血鬼さながら、
血液がチューブを通して、専用のパックに流されていく。

10分ほどで200ccのパックは飽和状態となり、看護師さんから
「気分は悪くないですか?」と声をかけられ、
「もう、全然問題ないです」と答えて終了となる。

帰り際には、ポケットティッシュとボールペンかなにかの粗品、
それに紙パックのジュースなどが支給され、欲張りのわたしは
それだけで、なんだか儲けた気分になっていた。

それから何年間か、足しげく献血ルームへ通っていたある日、
「20回の記念品です」といただいたのは、化粧箱に入った、
プロフィール付き製作者カードまで添えられた、クリスタルの盃だった。
それはずしりと重く、慎ましい輝きを放つ器に日本酒を注げば、
安いお酒も盃のきらめきとともに輝き、高級な味に変わる
嬉しいプレゼントだった。

ところがほんの数回使っただけで、そのきらめくクリスタル盃を、
不注意から割ってしまったのだ。
そのときのショックは言葉では表せないほど……

全血献血の場合、1年に4回しか採ってもらえない。
次回記念品をいただける30回に達するには、
あと10回通わなければならない。
つまり、2年半かかる計算になる。
年に4回を必ずクリアして、最短でそこにいたるまで、
3か月ごとに献血ルームに通った。

そしてようやく念願叶い、前回は薄いブルーだった
クリスタル盃は、今回は淡いイエローに。

喜びや驚きは重なることが往々にしてある。
この時期だからか、さらなるプレゼントは、
クリスマスキャンドルと似顔絵サービス。

献血ルームの脇に設えた小さな部屋で、イラストレーターさんと
向き合うのは、ちょっと気恥ずかしい。
写真を撮られるとき、平常よりいい顔をしようとするその
恥ずかしさより、相手がカメラを通さず、生の目で見ている
ということが、よけいに羞恥心を募らせる。

美人のイラストレーターさんは、そんな被写体の気持ちを
気遣ってか、いろいろ話しかけてくれる。

そして「できました〜!」と見せていただいたわたしの顔。
実物よりとっても可愛らしくて、またまた恥ずかしさ倍増。

でも、きれいに描いてくださり、ありがとうございます!

そうなのだ!欲深いわたし……
「どうして?」の答えは、景品と記念品だったのである。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

シンメトリー 誉田哲也

シンメトリー

『シンメトリー』
ただ、夜空に向かって歩きながら、
あの娘(こ)が待っている、あの場所へ向かった。
寝静まった街に、見るべき均衡はない。
誰もいない公園に、舞い踊る蛾。
柱に数匹止まっている蛾の目玉模様には小さな均衡があった。
陸橋の真ん中辺りで立ち止まり、あの夜の高揚感を暗闇に探す。

「やはり、こちらにいらしたんですね」
ふいに声をかけられ振り返ると、背の高い女が立っていた。
「ああ、どうも。なぜここだと?」
「私が犯人なら、現場を見たくなるだろうって思ったんです」

あまり声は返ってこないが、駅員は信念を持って、
毎朝声かけをしている。
都心部にある私立校に通う女子高生も、会釈に似た瞬きを
返してくれるひとりだった。
ある夕方、その彼女が定期券を落としたと、駅員室に
入ってきたことで、名前を知ることができた。

おはようございます……それ以降、彼女は声を発して挨拶を
返してくれるようになり、高校生活の一端を話してくれたり、
少しずつ身近な存在になっていった。
駅員は、ただ見守りたいと思うようになる。

その朝は、あまりに普通過ぎる朝だった。
ところが突然起こった激しいブレーキ音と小さな地響き。
気がつくと、全速力で走り始めていた。
ホームを飛び下り、線路を走った。
列車が脱線し、蛇行するように停まっている。
すぐに携帯電話で駅員室に連絡を入れた。
明かりの消えた車内、割れた窓から、飛び出した上半身。
彼女だった。
思わず駆け寄り、もぐり込んで彼女に近づき引っぱるが微動だにしない。
車両右角が、嫌な音を立てながら動き始めた。
誰かに引っぱられたが、ずっと彼女の手を離さなかった。
数秒後、車両が崩れ落ちた。
右肘に衝撃を受け、顔面に熱を浴びた。

脱線事故の原因は、飲食運転のまま、車が遮断機の下りている踏切に
進入したことだった。

その列車事故による死者は100人を越え……
見守りたいと思っていた女子高生が目の前で亡くなり、
自分の腕も失くした駅員は……
3度の飯より捜査活動が好きで、警視庁捜査1課殺人犯捜査係主任の
姫川玲子が、事件の真相に迫る。

『東京』『過ぎた正義』『右では殴らない』『シンメトリー』
『左から見た場合』『悪しき実』『手紙』の7編が
収録されている傑作警察小説。

シンメトリー (光文社文庫)シンメトリー
(光文社文庫)

(2011/02/09)
誉田 哲也
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

つんどく!

つんどく!

歌野晶午

『マドンナと王子のキュービット』 

孤独なDJ。
広島にやってきたのは1年前、高校1年の6月。
そのひと月前に母が再婚し、その男性の転勤で、密かに
慕う先輩に近づきたい一心で奇跡を起こして
入学できた高校から転校することになった。

そして恋は終止符を打ったのである。

未知の土地、広島。
友人知人はいないし、言葉もなじめない。
まるで外国。

転校生は異物で、いつまでもお客さま扱い。
家でも新しい父とはなんとなくぎくしゃくしてしまい、
孤独を紛らすためラジオに頼るようになった。

それはまるで無限の宇宙で、足りないものを埋めてくれた。
番組に投稿するうち、DJマイケルは常連投稿者に
名を連ねるようになっていった。

いつしか学校でも話題になり、ずっと空気のようだった男は、
DJとかマイケルと呼ばれるようになる。

ラジオは孤独を埋め、友を連れてきたのである。

そんなある日、「話がある」と、岩垂という名字から、ハナタレと
綽名を持つ同級生が襟を後ろから引っ張り、DJはプールの裏へ連れていかれ、
〈マドンナと王子のキュービット〉というラジオ番組の1コーナーに投稿を
代筆して欲しいと頼まれる。


そのコーナーは、通勤通学の途中で見初めた相手との
仲を番組が取り持とうという企画で、ラブレターを
書いて投稿しなければならない。

そのラブレターの代筆を頼まれたDJは、とにかくハナタレが
思いを募らせている星泉女子高校生の実像を見なければ書けないと、
毎朝広島電鉄の路面電車・宮島線に揺られることになる。


路面電車、懐かしい響き。
富山市八尾のお祭り「おわら風の盆」に毎年出かけていた。
9月1日~3日、坂の多い八尾の町では、いたるところで無言の
踊り手に出逢うことができる。

哀切感に満ちた旋律、艶やかで優雅、そして顔を傘に
隠して踊る奥ゆかしさ。

夏の終わりの夜風に涼みながら、坂道をゆっくり歩いて
眺める踊りは、日常の喧騒を遠ざけ、心を清らかにして
もらえるような気になる。


「おわら風の盆」が始まる時間まで、富山市街地を巡る。
路面電車「ライトレール」に乗り、富山港に向かう。
山国信州では感じることのできない潮の香り。
電車の右に左に走る乗用車と、流れゆく家並み。
その昔、松本にも走っていたという路面電車の懐かしさ。
ライトレールに乗っている錯覚に陥りながら、広島電鉄の
宮島線を思い浮かべる。

本は未知の世界にいざなってくれ、同時に懐かしい思い出も
いっしょに連れてきてくれる。


東川篤哉
『魔法使いとすり替えられた写真』
円居 挽
『赤影連盟』
水生大海
『運命のひと』
久世番子
『よちよちミステリー部』
大山 誠一郎
『赤い博物館』
青柳碧人
『オーストリア国旗と大水邸餓死事件』
芦辺 拓
『告げ口時計』
有栖川有栖
『雛人形を笑え』
貫井徳郎
『レミングの群れ』
上山和音
『走れ、ぱんだ号』
榎本まう
『味噌川くんとあたし』
須川 蘭
『ロン毛の兄ちゃん』
砂岡 聖
『鳩豆ユニット』
仲谷史緒
『夜語り』
野橋 鴨
『虹色をかし』
和足 冴
『彷徨シグナル』

[総力特集 ミステリー2013][コミックエッセイ]
[新人発掘プロジェクト 第1期全員競作!]の3構成、
全17編からなる、かなりお得な短編集。


指で「つんつん」して楽しんで読むことから命名された『つんどく』
電子書籍オリジナル企画、文芸春秋初の電子小説誌。

つんどく! vol.1つんどく! vol.1
(2013/04/26)
別册文藝春秋編集部 編
歌野 晶午 他
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

僕の心臓を盗まないで テス・ジェリッツェン 浅羽英子[訳]v

僕の心臓を盗まないで

7年前にモスクワで母親に捨てられた11歳のヤーコフは、
ミーシャおじさんや3人の少年といっしょに生活し、
盗みと体を売って生計を立てている。

左手がなかったが、小柄で金色の髪と、決して
たじろがない青い瞳に、客は夢中になる。


ある日、彼らのフラットに、流暢なロシア語を話す
グリゴーリという男とナディヤという女がやってきて、
ミーシャおじさんと商談を始め、ナディヤは「ここには
子どもたちの未来はないの!」と言って、少年たちに微笑みかける。


血でも愛情でもなく、互いに依存し必要として結ばれてきた、
おじさんと少年たちだったが、おじさんは少年ひとりひとりを
強く抱きしめ、「おじさんを覚えていて」と別れを告げる。

ほかの少年たちは新しい世界への旅立ちを喜んでいたが、
賢いヤーコフだけはなぜか迷いがあった。


4人の少年たちがナディヤと車に乗り込んだころ、彼らの住処だった
部屋ではミーシャが突っ伏し、床には血だまりが広がっていった。

そして少年たちを乗せた車は、リガに向かって走り出す。
少年たちを騙し連れ去ったグリゴーリとナディヤは、ロシアの
マフィアだったのである。


勤務が始まって33時間半、視線は11号ベッドに
惹き寄せられる。

ベイサイド病院外科研修医のアビー・ディマティオは、飲酒運転で
左側走行していた車に轢かれ脳死状態の患者に深く同情し、
目が離せないでいる。

そこへ声をかけたのは、心臓移植チームの
中心的外科医兼指導医で恋人のマーク・ホーデルだった。


わたしは死ぬ、そう感じながら、恵まれていた自分の人生に
心残りは2つだけと、46歳で裕福なニーナ・ヴォスは思う。

ひとつは我が子ができなかったこと。
もうひとつは、夫のヴィクターを遺して逝くこと。
夫は終夜手を握ってくれていた。
心臓移植の順番を待っているニーナにヴィクターが言う。
「わたしがなんとかする」
「この世には変えられないことがあるわ」
「すでに手は打った」
「でもヴィクター……」
「何も心配はいらない」

移植可能な臓器はひとつ。
心臓移植希望者はニーナひとりではなかった。

脳死と心臓死、臓器移植と臓器売買、生命倫理、医療倫理、
職業倫理を問う、衝撃の長編医療サスペンス。


写真なのに……
実際に見つめられているわけではないのに……
表紙の、その哀しい色となにかを訴えているような瞳に、
金縛りにあったように身動きができなかった。

気がついたときには、闇と光が入り乱れる世界に佇んでいた。

僕の心臓を盗まないで (角川文庫)僕の心臓を盗まないで
(角川文庫)

(2001/01)
テス ジェリッツェン
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

春秋山伏記 藤沢周平

春秋山伏記

『験試し』
おとしは必死で娘・たみえを引っ張りあげようとしていた。
崖の下は深淵で、深く暗い淀みをつくってる。

野良仕事を切り上げるのが少し遅れ、近道をしようと
普段通らない川岸に出たとき、たみえは崖をすべって落ちたのである。
おとしはたみえの腕を掴み、叫んだ。
すると、ふいに頭の上で声がした。
「いま助けてやっぞ」
白装束の大男はたみえを引き上げ、腰を
抜かしたおとしも凄い力で川岸から離される。

「おんぎょう(行者)さま、この子の命、助けていただきました」と、
おとしがお礼を告げると、
「おんぎょうでは無(ね)。俺は山伏だ」と、
白装束の大男・大鷲坊は言う。

おとしは5年前、18で山村へ嫁に行った。
子どもが生まれ、おとしは幸せだったが、去年の秋、
熊狩りに出た夫が熊に襲われ転落死してしまい、おとしは婚家を
出され、生まれた村に子どもといっしょに戻ってきたのである。

父親を早くに亡くした貧しい実家は、年老いた母と2つ下の弟が、
親戚から借りている僅かな田畑を作っていたが、この春、弟の兼吉は
城下町に奉公に行き、おとしは田畑の仕事をひとりでこなしていた。
おとしは先行きに不安を覚え、ときどき放心状態に憑かれることがあった。
そういうときは
ーーンだども、たみえがいるさげ。と、気を取り直す。
子どもがいることの強さだった。

おとしはさっきの川での出来事を思い出しながら、
月心坊という山伏が住んでいる神社を目指していた。
大鷲坊がそこに行くと言っていたので、お礼を届けに来たのである。
石段をのぼると、不意にふたりの男が組み合いながら転げて、
やがて月心坊は階段を駆け降り、大鷲坊が笑顔で立っていた。
その顔を見て、おとしはどこかで会ったことがある気がして
ならなかった。

大鷲坊から、月心坊は偽山吹で、その神社に無断で住んでいたことを
聞いているうち、おとしは遠い記憶がよみがえってきた。
その山吹が鼻つまみのガキ大将・鷲蔵だと気づいたころ、月心坊が
数人の村人を連れて戻ってきたのである。
大事なのは書付ではなく、法力があるかどうかだと言われ、
大鷲坊は歩けなくなった三左ェ門の娘である16歳のおきくの祈祷をし、
脚を治すことを約束する。

5日後、おとしの立ち会いのもと、大鷲坊が奥の部屋で臥せているおきくの
脚に眼を落とし触れ、足の指を握り、曲げたり反りかえらせたりする。
足首を丹念にさわり、ふくらはぎを揉みはじめ、時どき鋭い眼で
おきくの顔を窺っている。

帰りしな大鷲坊はおきぐは病人では無いと言う。
死霊(たまし)がついているだけだと。
最近、おきぐの仲のいい人で、死んだものはいないかと
訊かれ、おとしは弥作のことを思い出した。
喜兵衛の次男で、今年の年明けに風邪をこじらせて急死した。
死んだ男を思って自分も死にたいと思っていると、大鷲坊は言う。

その後、大鷲坊は何日もおきくを背負いだして、風景を眺めたり、
山葡萄を摘んだりしている。
神社の祭りの日、たみえを連れて神社に向かっていると、
おとしは、おきくを背負った大鷲坊に会った。
おきくが血色のよい顔で微笑しているのが意外で、
もう病人には見えなかった。

やがて大鷲坊は三左ェ門の庭に村人を集め、
繰り返し真言陀羅尼を唱え、おきくのために祈祷をはじめた。
大鷲坊が般若心経を唱えはじめ、おとしは言われたとおりに、
おきくの手を取る。
不意に大鷲坊が立ち上がり「さ、立ってみで」と言う。
「きくちゃんの足はなおったど」と、おとしが囁くと、
おきくは立ち上がろうとし、2度3度腰を落とし、ついに立ち上がった。
身体が震えているおきくの手を、おとしはそっと離し、
大鷲坊が経文を唱えながら、静かに手をさしのべた。
おきくは頬を紅らめ眼をきらきらさせながら、
ついに大鷲坊のもとにたどりつく。
おきくの母もおとしも涙し、人びとは呪縛を解かれたように
吐息を洩らし、三左ェ門の庭は騒然となった。

続く夜這いの話『狐の足あと』、よそ者の話『火の家』、
なで肩で男女子の男と狐憑きの女の話『安蔵の嫁』、
いなくなったたみえの話『人攫い』など
東北の方言(荘内弁)に懐かしさが漂いながら、
健全な好色話を盛り込んだものがたり。
山奥に住む神秘的な人びとと思われていた山伏。
気は優しく力持ち、でも人間臭さを持ち合わせる、
山伏の大鷲坊が村で起きる事件を通して、次第に人びとの
畏怖と尊敬、信頼を得ていく。
著者の故郷である山形県庄内地方の習俗が小説として書き綴られた時代長編。

春秋山伏記 (新潮文庫)春秋山伏記
(新潮文庫)

(1984/02)
藤沢 周平
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

シナリオ集 氷の世界 野沢 尚

シナリオ集 氷の世界

廣川英器
1971年5月14日、横須賀に生まれる。
父は保護司、母は地元の資産家の箱入り娘だった。
父親は本性を見分ける眼を持っていたが、奥に秘めているのは
犯罪者に対する軽蔑である。
英器の幼少時代、家は羽振りがよかったが、父親が前科者たちに
援助するようになってから、家の雰囲気は悪くなっていった。
父親が保護司として仕事を世話した前科者の娘と同じクラスになり、
英器は初めて恋をする。
彼女から、父親が愛人にそそのかされ、母に生命保険をかけ
殺害したことを打ち明けられる。
……人の命は金に換算される……
はじめて英器は保険金殺人というものを知ったのである。

中学、高校時代、マラソンの選手だった英器は高校を卒業し、
大阪の私立大の法学部に進み、大学3年の時、
ふたつ年下の庄野月子と恋仲になる。
大学を卒業して大手保険会社で保険調査の仕事に就き、
まさに天職だと感じる。
それから外資系保険会社の調査部に引き抜かれ、年収は軽く
1千万円を超え、月子とも順調な関係が続いている。
しかし、英器は挫折を経験することになり、
そこで江木塔子と出逢うことになる。

江木塔子
1972年7月7日、新潟県に生まれる。
土建業を営む父の会社が倒産し、夜逃げ同然で故郷の新潟を
追われたのは、塔子が13歳の時だった。
一家は流浪の民となり、14歳の時、金沢に流れついたが、
明るかった塔子は、他人に心を閉ざしていった。

父親は借金取りから逃げきれなくなり、暴力団によって
一筆遺言を書かされ生命保険に加入させられた。
1年後、破滅の日、父は赤ワインをあおり泥酔し、
母は家に灯油を撒き、塔子を外に追い出した。
父を抱きしめた母は、マッチを擦ろうとするが
指が震えて火がつかず、借金取りの車がやってきたのを見て、
塔子は母の代わりにマッチを擦った。

警察は借金苦による心中という見解で落ち着き、塔子は母の
生命保険金で金沢の大学に進んだ。
この人生から逃れられないことを悟り、塔子は笑顔を取り戻す。
加賀友禅の職人の家に育った迫田正午というボーイフレンドもでき、
学生生活は充実している。
大学2年、同じ大学の卒業生で金沢の資産家の息子・久松晧一と初めての
デートでヨットに乗るが、夕立に遭い、荒れ狂う海に翻弄されながら、
必死に自分の命を守ってくれる男がいる。
初めて愛される幸福感を得たが、晧一の独占欲に塔子は1歩退いた。

大学を卒業し、東京で高校教師になった塔子は報道カメラマンの
桧山豊彦に2度目の恋をする。
しかし桧山もまた嫉妬心と独占欲の強い男だった。
「死ぬほど愛してる」という言葉に、
「それなら死んでみせてよ」と、つい言い返してしまい、
桧山は、塔子を受取人とする生命保険に加入し、北アイルランドの
ベルファストでIRAのテロに迫り、遺体となって帰国した。
3度目の恋も、4度目の恋も、恋人の死で幕を閉じた。
淡々とした教師生活に身を投じようとした時、同僚の女性教師が
亡くなった。
そこに廣川英器が現れる。

烏城武史
1959年4月10日、東京都に生まれる。
父親は、警視庁の警備部から暴力団担当の4課で活躍するが、
外見も行動もやくざのようだった。
そんな父に、日本橋のデパートに勤めていた母はいつも泣かされていた。
小学校4年生の時、母親が烏城を連れて家を出たが、
父は母の実家に押しかけて、やくざと変わらない暴力的な態度で
復縁を迫った。
母を守るために父を越えなければと、猛勉強に明け暮れ、東大法学部に
現役で合格して、国家公務員1種試験に見事パスした烏城は、
警察官僚として進んでいく。
階級は警部補。地方の警察署に勤務し、何年かぶりで父親に会った。
烏城は取調室で、父親に暴力団からの金品授受を持ち出し、
母との離婚届を突き出した。

父親と縁を切ることができた烏城だったが、不運の波が押し寄せる。
赴任地での不祥事で田舎の警察に飛ばされたが、上司の紹介で
検察庁の審議官の娘と見合い結婚し、最初は心休まる
新婚生活だったものの、しかしそれは長く続かなかった。
町田南署に1年の赴任を条件に、警視庁の刑事部長の地位を
約束されるが、妻の眞砂子が転勤を嫌がり、烏城は暴力を
自制できなくなったのである。

眞砂子は家を出て離婚を要求するが、烏城は拒み、
それは自分の両親の関係そのものだと自嘲する。
別居によって烏城は荒れてスタンドプレーが目立ち、
本庁勤務の話もあやしくなった。

最後に残された活路だと思いついた現場の手柄。
そう思った矢先に起きた、女性教師の変死事件。
烏城が単身、事件を追うなか、ひとりの女性が視界をよぎる。
亡き女性教師の同僚で、江木塔子だった。

庄野月子
1973年4月4日、東京杉並に生まれる。
父は人権派弁護士。
弁護士事務所で父と一緒に働いていた法学部の大学院生だった母は
月子を産んで家庭に入った。
父は腕のよい弁護士だったが、無類の人の好さが欠点だった。
強盗殺人の容疑で逮捕された20歳の学生を弁護し、逆転無罪を
勝ち取ったが、2か月後、女子大生が殺害され、無罪になったばかりの
20歳の学生が逮捕された。
殺人者を野に放った父は、世間から攻撃の的となったのである。

父は情熱を失い、母が家計を支えるようになった。
月子はそんな家の雰囲気に耐えられず、関西の大学へ逃げ出したが、
家族を捨てたという思いから逃れられないでいる。

2年先輩の廣川英器と恋仲になった月子は、
家族への償いからか、細々と弁護士を続けている父親のためか、
英器が東京の保険会社に就職することもあり、月子は大学を
卒業して、婦人警官の道を歩むことを決意する。
まず交通課に配属され、駐車違反の切符を切る日々だったが、
非番の日には英器のマンションに押しかけて、思いきり甘えていた。
月子は、きっと英器がプロポーズしてくれると信じている。

町田南署に勤めている月子は、烏城がひとりで女性教師の変死事件を
追いかけていることを知り、その刑事課長である烏城から刑事課に抜擢された。
そして江木塔子を追い詰めていくのだった。

迫田正午
1972年7月15日、金沢の加賀友禅、職人の家に生まれる。
世界で最高の染色工芸と言われる加賀友禅の後継者は少なくなったが、
父親に弟子を志願する若者は多かった。
母は正午と七海を産んでから、入退院を繰り返し、弟子たちが
家事をつとめてくれたが、正午は寂しさを拭えなかった。
幼かった正午が、8歳下の七海の親代わりをするしかなかった。

正午が中学2年生の時、母親が他界した。
それから家業を手伝いながら、高校、大学へと進学し、サークルで
江木塔子と知り合う。
塔子は賑やかな女子大生だったから、両親の焼身自殺という暗い過去が
あることに驚き、塔子を守るからと言ったが、取り合っては
もらえなかった。

やがて塔子は、正午が世話になり憧れていた先輩・久松晧一と婚約し、
結婚式の招待状が届いた。
返事を出した直後、夜の海で久松がクルーザーのスクリューに
巻き込まれ亡くなったが、正午は久松から、塔子のために
死亡時1億円の生命保険に入ったことを聞かされていた。
塔子は保険金を手にしたのだろうか……。
正午は決意する。
真相を究明するため、町田にアパートを借りたのである。
そして正午は、塔子を疑っている男2人に気づく。
それは保険調査員と警察官僚だった。

保険調査員の廣川英器が、永和女学館の教師・池永苑恵の
死亡事件を調査中に出逢った、魔性の女江木塔子。
彼女はこれまで3人の恋人を亡くし、3人とも高額の
生命保険に加入していた。
真相を探る廣川だったが、次第に彼女に心を奪われていく。
彼女は殺人に手を染めたのか……。
高額の保険金を手にしたのか……。
廣川の運命は……。
傑作長編サスペンス脚本。

碧い海に竹野内くんが沈んでいく映像がよみがえる。
深い海の底へ堕ちながら、海面の向こうに映る陽のゆらめき。

毎日2〜3本のレギュラー番組を録画しているほど、
ドラマが大好きである。
特に野沢尚さんが描く脚本は、ストーリー展開・
登場する人物像・驚くべき結末、どれをとっても秀逸である。
2度と新しい作品に出逢うことは叶わないけれど、
野沢尚世界がシナリオで再度よみがえる。
その悦びに浸ろう。

氷の世界―シナリオ集〈3〉 (幻冬舎文庫)氷の世界―シナリオ集
〈3〉 (幻冬舎文庫)

(2004/07)
野沢 尚
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

竜の涙 ばんざい屋の夜 柴田よしき

竜の涙 ばんざい屋の夜

表題である『竜の涙』
京都の家庭で作るお惣菜であり、ご飯にも日本酒にも合うおばんざい。
それが店名の由来であるばんざい屋は、バブル崩壊の大不況の底で、
地価下落にテナント賃貸料が値下げ競争のような頃、前の店から
ほとんど居抜きで権利を買い取り、破格の資金で開店した店だった。

それが東京駅の改築にともない、丸の内が再開発され、ばんざい屋が
入っているビルも巨大企業に売却されることになった。

時の流れに女将は溜め息をつく。
選択肢は2つ。
店を閉めるか、巨額な賃貸料を払って、新しいビルに入るか……

川上有美は大学を1浪1留して、中堅どころの広告代理店に入社して10年。
ポストは主任。
同期は役付きばかりに昇格し、高校時代の同級生・金岡麻由も課長の
肩書きを持ち、最年少役員の芽もありそうとの噂に、少し焦りを感じ、
全社禁煙だけでなく小うるさい規則にも居心地の悪さを覚える。
今は結婚する気もなく、恋もしていないお気楽な身分。
進藤敦史とは学生時代からのつきあいで、もしかしたら好きだったの
かもしれないが、長いあいだ友だちとして付き合ってきた。

有美と敦史は大学は違うがバイト先が同じで、多少羽振りがよかった
敦史が有美をよく食事に誘ってくれた。

理系の敦史は先に卒業し化粧品会社の研究室に就職して、
仕事の傍ら、有美に声をかけてくれていたのである。

お互い恋人がいた時期もあったが、失恋して最悪の状態のときに、
いつもご飯に誘ってくれた敦史。
これからこのメシ友関係がどうなるんだろうと考え、有美は
意外なほど気落ちしている自分に少し戸惑う。

ばんざい屋の女将・吉永はもともと人見知りな性格だったが、
パリで暮らすようになって、人と繋がるっていなければならないと、
日本料理店でアルバイトし、料理を学びプロの技を教えてもらった。
日本に戻り、パリでお世話になった板前さんが開いた日本料理店で
修行し、ばんざい屋を開店したのである。

そのばんざい屋に、進藤が連れてきた女性・有美を見て、
女将は初めての客だと思う。
都会的で洗練され有能そうだが、かなり疲れた顔をし、中途半端に
伸びたセミロングの髪が、たぶん実年齢より老けて見せている。
このタイプの女性は、なぜか煙草を吸う。

ばんざい屋は禁煙ではないが、常連客にも禁煙が流行っていた。
進藤はたしか煙草を吸わなかったが、連れはたぶん喫煙するだろうと
換気扇の近くに案内した。
そしてなぜか彼女の目の色に、女将の心を波立たせる
悲しみやさびしさの色が見えた。

ビールを飲み、有美は麻由が禁煙したことを憤慨しながら話し、
お腹が空いたからとご飯を注文する。
出された黒豆ご飯に感激しながら、黒豆が健康にいいという
進藤の言葉に、有美はむきになり、反論する。
「美味しいから食べる、それでいいの。
うちのばあちゃんなんか、なんでも治る滝の涙を信じて、
医者要らず薬要らずで、98まで生きたんだから」

ほんの少ししょっぱいという竜の涙を、ばあちゃんが山から持ってきて、
大きな甕に溜めて料理に使っていたらしい。

ご飯のあとに、番茶と大徳寺納豆を出され、またお酒に戻ろうとして、
敦史からアメリカに行くことを打ち明けられる。

別の日、麻由から禁煙は子どもを産む準備のためだと知らされ、
会社の健康診断の結果は「念の為、専門医師の診察・マンモグラフィ検査を
受けてください」とあった。

どうしてわたしを置き去りにしてどこかに行くの?
世界中が意地悪しているような気がして、
有美はパソコンの電源を落とし、立ち上がった。

そしてひとりばんざい屋に足を向けた。
「自分が居てもいい場所が見つからなくて」
そう言って、泣きながらすべてを喋っていた。
敦史のこと、麻由のこと、乳癌かもしれないこと。

目の前に出された、素敵な切り子ガラスのコップ。
飲めば、しゃっくりが止まるからと、女将が出してくれたのは
六甲山の竜の涙とのこと。
有美は半信半疑で、言われた通りの飲み方をする。
本当に止まった。
女将は六甲山の天然ミネラルウオーターだという竜の涙で煮た
白菜を有美の前に置き、
「余計なおせっかいかもしれませんけど、誰の人生にも、
転機はおとずれるものだ、と思うのです」
と、静かに優しく、有美の悩みにひとつひとつ丁寧に応えてくれた。

女将の話を聞き、「ふたりとも、きっとわたしの友だちでいてくれる」
有美はそう思えるようになった。

『霧のおりてゆくところ』『気の弱い脅迫者』『届かなかったもの』
『氷雨と大根』『お願いクッキー』と続く、素敵な料理屋さんの、
しっとりと安心感のある女将が作る温かい料理が香る
「ばんざい屋」シリーズ第2弾。

東京丸の内で働く女性たちの生き方や思い、悩みや戸惑いを
辿りながら、丁寧で繊細な料理にも目を瞠る1冊。

竜の涙 ばんざい屋の夜竜の涙 ばんざい屋の夜
(2010/02/09)
柴田 よしき
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

桜庭一樹短編集 桜庭一樹

桜庭一樹短編集

『このたびはとんだことで』
「このたびはとんだことで」
遠くからだれかの声がした。
最近何度も聞く、奇妙にいっしょのセリフ。
「ほんとうに、とんだことで」

年のころは22〜3、がりがりに痩せ白い和服を着た女。
全然艶っぽくないが、名は艶子。
俺の愛人の1人である。
女は何度も「とんだことで」と嘆く。
そこにもう1人、女が入ってきた。
妻である。名は千代子。

春の陽射しが降り注ぎ、ときおり灰色の桜が散っている。
色も見えず、口も利けず、意識は混沌として、無念さがときおり、
心を訪れる俺の前に、妻と愛人が座っている。

『青年のための推理クラブ』
季節は初夏。
街路樹が茂り、壮麗な薔薇窓の礼拝堂。
そのとがった尖塔に、日射しが降り落ちていた。

礼拝堂を見下ろす位置にある、黒煉瓦造りの古びた建物の3階が
“青年のための読書クラブ” の部室だった。
部員はジャン、アンブローズ、ヘルマン、サマセットの4人。
けれどそこは女子校だったのである。

この “青年のための読書クラブ” は、インターネットや
メールのようなバーチャルを、部活というアナログの中で
作り出している空間なのだ。

『モコ&猫』
大学の講義でとなりの席に座った女の子。
男っぽいアディダスのジャージに、フリルのスカート。
青いエナメルのスニーカーに、無骨な四角い革鞄。
ばらばらなアイテムなのに完成した雰囲気がおしゃれで、
都会育ち特有の着こなしだった。
地方の中高一貫の男子校から上京したぼくは
気後れしてしまう。
だから、ちらっとだけ顔を見た。
ぜんぜん美人じゃなくて、胡麻油の瓶みたいだった。
ぼくが見ていると、とつぜんこっちを向かれ、
どきどきして口走ってしまった。
「胡麻油の瓶に似ていますね」と。

講義が終わるころ、
「名前を教えてください」とメモを渡す。
メモの隅にちいさく「モコ」と書かれて戻ってきた。
講義が終わり、モコは「あんたって猫かぶり。
だからあだ名は猫」とつぶやく。

ぼくは講義の途中から、べたべたと光る肌に触ってみたいと
ずっと思っていた。

ストーカーのように少し距離を置いてモコを見つめるぼく。
ただ見つめていたいだけの謎の男。
憎しみがせりあがり、殺してしまいたいと思いながら、
愛しているよ、ぼくのモコ。

『五月雨』
昭和60年6月、山の上のホテルには五月雨が降りそそぎ、階段の
踊り場には中国製の大きな花瓶に、真っ赤な大輪の鉄砲薔薇が
飾られていた。
花瓶の前で、2人の客が向きあった。
パンクファッションをした若い新進小説家の村岡清香と、
幾つもの著名な賞を獲った重鎮の小説家滋野だった。
このホテルで30年近くホテルマンをしている桜里は、清香の青白い横顔を
見上げているうちに、ずいぶん昔に見たことがあると思えてならなかった。

夕刻から降り続く雨に足止めされた滋野は、気分転換の時間を
あきらめきれず、ラウンジで清香をお茶に誘う。
踊り場に生けられた鉄砲薔薇はぼくの故郷である中国山地にしか
咲かないと話す清香。
民俗学に詳しく、たくさん本を出している知人がわけあって本に
なっていない話のひとつに、中国山地の奥にいる不思議な一族の
伝承物語があると話しだした滋野の話に
「眠れよ、眠れ。林檎の生る木と、銀の川……」
清香の柔らかな歌声が響き、桜里は思わず悲鳴を上げそうになる。
それは30年近く前に、突然亡くなった3歳年上の先輩女性が
客室係として受け持っていた、長逗留していた銀色の髪の
美しい客が奏でていた歌だったのである。

『冬の牡丹』
32歳の誕生日の真夜中。
酔っぱらって帰ってきた牡丹は、襤褸アパートの外階段を上がり、
自分の部屋の前で力尽きた。
このまま凍死してしまうかもしれないと思っていると蹴っ飛ばされた。
「スッ転んで寝たきりになるところだったぜ」
若い男の声だった。

背の高い男。
夜になるとときどき聴こえてくる物悲しい口笛の主、それが目の前に
いる彼、隣室の住人のようだ。

「面倒くせぇなぁ、でも別嬪だから、助けてやるか」と、男は
牡丹を助け起こした。
男は痩せていて非力だったが、牡丹をなんとか自室に運び入れた。

牡丹は半年ほど前から実家を出て、この安普請の古いアパートで
一人暮らしを始めていた。
いま、恋人はいない。学生時代からの友人と飲んで酔って帰り、
そして知らない男と2人ぼっち。

朝起きると、小テーブルの上に小さなおにぎりが2つ置かれていた。
出勤時間が迫っていたので、おにぎりを片手に握ったまま、
ハンドバッグを抱え部屋を飛び出すと、男と鉢合わせし、
牡丹はお礼を告げ自分の部屋に逃げ込んだ。
「お魚くわえた、ドラ猫かよ」
男の声が追いかけてきた。

牡丹は急いで支度し、部屋を飛び出して、ふと隣室の表札を見上げる。
田沼慎……聞き覚えがあるような気がするが思いだせない。

少年と青年のあいだを漂い続けているような慎と、
つまらないけれど一所懸命な牡丹。
のんきで、気楽で、だけど誰かに心配をかけ続けている
2人の不思議な関係。

『赤い犬花』
ぼく、床田太一は1時間近くもダンボールの中で丸まっていた。
そこへ軽い足音がして、無造作に開けられた。
ぼくは機嫌が悪かったから、驚かしてやろうと思い、吸血鬼の
ふりをして、カタカタした動きで起き上がる。
「妖怪 “赤い犬花” だっ!おれのこと食う気だなっ!」と叫んだのは、
とてもかわいい顔をした、オンナっぼいオトコなのか、ボーイッシュな
オンナなのか分からない、ぼくと同じくらいの歳の子だった。
よく見ると、紺色の長いスカートをはいている。
女の子、ユキノは右手の拳をギュッと固め、ぼくの顔に向かって
思いっきり振り下ろしてきた。

これがぼくの、小5の夏休み2日目だった。

それから、赤い犬花は昔からこの地に伝わる妖怪譚で、
顔は黒い柴犬、首から下は人間で赤いペラペラの着物を着てて、
手がなぜか花になっていて、納屋や納戸の奥に隠れている
という話をユキノから聞いたあと、2人は勝又の家で “神隠し” が出た
事件現場の三本松まで行くことになった。

ぼくは何度もつんのめりながら歩き、途中でイタチに遭遇して
「飼いたーいっ!」と、はしゃぎ、ユキノが急に走り出し、
山道が細くなって、坂道がきつくなって、ようやく山の途中に
来ると、赤い文字で「危険、入るな」と書かれた古ぼけた看板が
立った小さな池を見つけ、靴を脱いでその池に入った。

ふざけながら、またケモノ道を進んでいく。
ぼくはまるでドーパミンが出ているみたいに楽しくて、ケタケタと笑い出す。
ユキノも「俺の近道!ユキノ道」と言って笑い出す。

途中まで、はしゃぎながら冒険を続ける山の子と都会っ子だったが、
2人は複雑な家庭の事情を抱えていた。

池の底から誰かに足を引っ張られたような、崖を登っているときの
後ろから首を引かれるような不思議な感覚は……

小説の醍醐味を鮮やかに描く桜庭一樹の独特な世界。
著者が初めて綴る短編集。
 
桜庭一樹短編集桜庭一樹短編集
(2013/06/13)
桜庭 一樹
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

刺激的なアヒージョと自分に甘いわたし

アヒージョ1

作り方は画像をクリックしYouTubeにて

「アヒージョに挑戦したよ。そこそこ美味しくできたから、
レシピ送るね」と、友人からメールが届く。


ア、アヒージョ⁈ なに、それ?
とりあえずネット検索すると、
アヒージョはスペイン語で「ニンニク風味」を表わす言葉であり、
オリーブオイルとニンニクで煮込む、マドリード以南の代表的な
タパス(小皿料理)の一種である。

とのこと。

ふ〜ん、スペイン料理かぁ。
オリーブオイルにニンニクと聞いただけで、お腹が反応する。
今日の夕ご飯のメニューが決まったところで、さっそくスーパーへ。
エリンギ、マッシュルーム、エビ、イカ、タコをかごに入れ、
会計を済ませて車に乗り込む。

ほとんど対向車と出会わない田舎道は、自然と
スピードメーターも右肩上がり⁈


家に着き、このスペイン料理もYouTubeで紹介しようと、
ビデオカメラをセットして、いざクッキングスタート!

エリンギとマッシュルームを食べやすい大きさに切る。
エビ・イカ・たこ・エリンギ・マッシュルームを
ボウルに入れ、塩・コショウ・白ワインをかけて混ぜ
下味をつける。
フライパンにオリーブオイルを入れ、薄切りにしたニンニク・
鷹の爪・アンチョビを弱火で炒め、香りが立ったら、
味付けした具材を入れ、5分ほど煮詰めて完成!


器に盛り付けると、立ち上る湯気からは、風味豊かな
ニンニクとオリーブオイルの香り。

その香りにいたたまれず、片付けもそこそこに
いっただきま〜す!

まずはエリンギ。
ん〜、やっぱりこの歯ごたえがたまらない。
人物性?が出ているのか、素直な風味のエビ・イカ・
タコにはアンチョビのコクが絡みあって、お箸が
止まらなくなる(スペイン料理なのに、お箸って……)。

マッシュルームにもオリーブオイルが染み込み、また一味変わった
食感を醸して最高の出来栄え!と、満足感に浸りながら、

ん⁈ なにか忘れているような……
あっ、パプリカパウダーをかけるのを忘れた〜
と、気がついたときには完食寸前。

今からパプリカパウダーをかけて撮り直しても、量が不自然。
仕方ない、はじめから撮り直すため、明日の夕ご飯もアヒージョだな。
と、最後の最後で我がそそっかしさを呪いつつ、でも美味しいお料理は
何度食べても、逆にラッキーかも、と甘い性格が本領発揮。

自分の甘さにムチ打つため、明日は鷹の爪を今日の二倍分入れよう。
お〜、まさしく「倍返し」!って、すべってるかなぁ……


テーマ : いいもの見つけた
ジャンル : 日記

切り裂きジャックの告白 中山七里

切り裂きジャックの告白

7月3日午前5時5分
古姓俊彦は木場公園沿いをランニングしていた。
するとイベント池に妙なものが映り、近寄ってみる。
両腕を柵に引っ掛け凭れかかっている若い女性のようである。
声をかけても返事はない。
古姓が正面に立ちよく見ると、それは臓器という臓器がすっかり
抜き取られ、胴体が空洞となった死体だった。

道路1本隔てた向かいには、都内でも大規模署と位置づけられる
深川署がある。
その目と鼻の先で行われた凶行は、警視庁警部の麻生をはじめ、
居並ぶ捜査員たちの表情を嫌悪と屈辱に歪ませた。

被害者は都内の信用金庫に勤める六郷由美香21歳独身。
死体の足元に拡がる血だまり。
真夜中とはいえ、なぜ犯人は公園のど真ん中で臓器を摘出したのか?
深川署強行犯の班長である陣内は、捜査員からの連絡を待つため
本部に戻り、ブルーシートから出て来た検視官の御厨(みくりや)に、
検視の結果を訊ねる。
背後から絞め殺したうえで解剖。
メスに酷似した鋭利な刃物でY字切開法を用い、肋骨切除、心臓と
肺に腹部から膀胱と子宮摘出へ進む合理的な方法を知っているのは、
法医学教室ゆかりの者、現役医師、学生、精肉業者、検視官などが
範疇であるという。

警視庁刑事部捜査一課の警部補犬養隼人が入院中の娘を訪ね
「何か欲しい物はないか?」と訊くと、「健康な身体が欲しい」と
答える13歳の沙耶香は辛い人工透析を続けているが、腎移植しか
その望みに応えることはできい。
ドナーや費用のことで頭の痛い問題が浮上するなか、警視庁の
後輩である葛城公彦が麻生に命じられ、犬養を呼びにやって来た。

犬養が深川署に到着すると、第1回の捜査会議が始まったばかりだった。
雛壇には本庁の鶴崎管理官と津村捜査1課長、深川署の仙石署長が顔を
揃え、最前列に座っている麻生の手招きを無視し、犬養は最後列に
目立たぬよう腰を下ろす。

由美香は両親と3人暮らし。殺害現場から徒歩圏内の自宅で夕食後、
ちょっと出かけると言って家を出たのが9時40分。
怨恨の線は薄く目撃情報なし、本人の携帯電話不明。
死因は絞死、死亡推定時刻は午後10時から12時までの間。
物盗りの線は薄く、享楽的に殺人を犯した疑いが濃厚。
持ち去られた臓器は?
焼却?川に流した?土に埋めた?
あるいはカニバリズム(食人)?

死体発見の翌日、帝都テレビ報道部に宛てられた1通の手紙。
差出人名の代わりに記された1文「彼女の臓器は軽かった」
ディレクター兵頭晋一は、当事者のみしか知り得ない事実として
箝口令が敷かれている木場公園事件が浮かび、中身を検めた。

それは19世紀のイギリスを震撼させた、切り裂きジャックの猟奇事件を
模した内容だった。
1888年8月31日から11月9日の間に5人の売春婦が殺害された事件。
鋭利な刃物で喉を掻き切られ臓器を持ち去られる手口で、切り裂きジャックと
名乗り、セントラル・ニューズ・エージェンシーに犯行声明文を
送りつけ、イギリス社会のダークヒーローに祭り上げられた。
最も有名な未解決事件の主人公ジャックが、時空を超えて現代に甦った。
視聴者はジャックの名前だけで猟奇事件であることが想像でき、帝都テレビの
視聴率がうなぎのぼりに跳ね上がったころ、犬養が兵頭を訪ね犯人からの
手紙を提出するよう要請する。

調達した声明文には犯人の指紋付着なし、消印のある大手町ビル内
郵便局でも不審者なし、封筒・PC用紙・インクもマスプロ製品で
追跡困難、文章は大部分が本家のパクリ。
プロファイリングの結果は、医師・医学生・精肉業者・医療従事者
という程度の分析のみしか得られなかった。

被害者の六郷由美香は高校生のころから肝臓を患っていて、
療法メニューにない飲み食いはできないため、社内の呑み会や
合コンなどには参加せず、友人もできなかった。
娘の沙耶香と似たような境遇に犬養は固まり、由美香を単なる
被害者とは見なせなくなっていく。

享楽殺人者による連続性を危惧し、一刻も早く法則性を探し
出さなければならない。

消えそうな生命をもう一度甦らせる移植医療の未来に理想を
抱いていた高野千春は、その夢が輝いているばかりでは
ないことを知り、理想が徐々に薄れていくのを感じていた。
そんな思いのなか千春のコーディネートにより、法的脳死判定で
脳死が確定された22歳の高里翔平が、この病院で真境名(まじきな)
教授と並んで成功率の高い榊原博人教授により開腹されていく。
この老練なメスさばき、榊原の手は一瞬も止まらず、澱みのない動きで
機械のように術式を進行させた。
そのあとは5つのチームが順次臓器摘出に取り掛かる。
すべての臓器が摘出されると、榊原が執刀を引き継ぎ、すっかり
空洞となった腹腔内に綿を詰め丁寧に閉腹していく。

7月9日月午前6時25分
川越市宮元町、中学校への道を急いでいた雨宮恵美が遭遇した、
内臓をすべて取っ払われたワンピースを着た死体。
被害者は半崎桐子、32歳。

またしてもジャックからの2通目の手紙とともに、腎臓の一部が送られてきた。
本庁は六郷由美香と半崎桐子の殺害事件を同一犯の犯行と認定し、
埼玉県警と合同で捜査を進めることになり、犬養と埼玉県警の
古手川和也は猟奇殺人鬼に対する怒りをふつふつと湧いてくるのを
感じながら、ジャックを止めなければと思う。

そして第3の犯行が……

被害者たちの共通点は?
人を殺す、そして解体することに露ほどの抵抗も
持ち合わせない犯人像。
しかもそれを短時間でこなせる自信と、衝動的ではなく
計画的に繰り返される犯行。

容姿端麗だが2度の離婚経験を持ち、嗅覚は鋭いが女の嘘を
見抜けない犬養と、女性不信の傾向があり、会話の内容で
いちいち表情が変わるものの、バランスの重要性を熟知し勘も
人並み以上にある古手川が事件の真相を追う。

危うい均衡の上に成立している日常生活。
家族の絆。
論議を充分尽くされないまま制度だけを先行させて
しまった移植法。
最愛の家族が襲われる突然の脳死。
受け容れることなど到底おぼつかない心理状態で知らされる
ドナーの意思表示。
愛しい人の姿を見ることができなかったとしても、どこかで
臓器が息づいているとしたら、そこに希望が見えるのだろうか……

さまざまなテーマを伏線に描かれた壮大な社会派サスペンス。
 
切り裂きジャックの告白切り裂きジャックの告白
(2013/04/27)
中山 七里
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

豆苗 すごくないですか⁈

Greengrower11.jpg  

先日、蒸し鍋豚しゃぶを作った際に使った豆苗(エンドウ豆の苗)。
茎の部分を切り取って残った根を、水を張った器に入れ
栽培することにする。

1日目 1本だけ3~4cm芽が伸びる……お〜!
2日目 プラス2本の芽が伸びる……おお〜!
3日目 オアシスが1~2cmくらいの芝生状態に……おおお〜!
4日目 いちばん先に芽を出した苗は突出して長く伸び、
あとは一面10cmくらいに……おおおお〜!

すごくないですか⁈
1バック98円。
98円で、また豆苗料理を楽しめるなんて!

さぁ、何を作ろう?と、とりあえず冷蔵庫を覗く。
卵に豚薄切り肉、ベーコンとハムにカニ風味かまぼこ。
「あっ、いいかも!」
と、思いついたのが、豆苗とカニカマのマヨポン和え。

1度収穫したオアシス畑から、再度苗を切り取る。
軽く水洗いし、電子レンジで1分加熱し、粗熱が取れたら
絞っておく。
ボウルに豆苗とカニカマをほぐし入れ、マヨネーズとポ
ン酢を混ぜてボウルに入れ和える。
クリスタルの器に盛り付け、炒りごまをかけて完成。

今日は全国的に、この冬一番の寒さとか。
では、お供は熱燗で。

コシのある豆苗の歯ごたえと、エセかに味の細切りかまぼこが妙に
マッチし、マヨネーズとポン酢がそこに深みをプラス。

タダの食材にご満悦。
そして欲の皮が突っ張っているわたしは、3度目の挑戦を
目論んでいるのである。


テーマ : いいもの見つけた
ジャンル : 日記

幼年期の終り アーサー・C・クラーク 福島正実訳

幼年期の終り

彼は人類を星へ導くために汗を流し、成功間近で逆に星が
彼のもとへ降りてきたのだ。
歴史が息を潜め、現在が過去から断ち切られた。
人類は孤独ではなくなった。

地球人はなんの予告を受けることなく、大きな宇宙船の一群が
未知の世界から押し寄せてきたことに、計り知れない恐怖を覚える。
それは人類がこれから何世紀も追いつくことのできない高度な科学を
象徴しながら、ひっそりと浮かんでいる沈黙の妖怪だと感じていた。

それから6日目、地球総督カレルレンが、全世界に向かい完璧な英語で
自己紹介したのだった。
彼が語り終えたとき、諸国は不安定な独立の日々の終わりを知った。
最高決定権はもはや人類にはなかったのである。

ある大国がミサイル発射を試みたが、その行方すら分からず、
カレルレン率いるオーバーロードはそれを完全無視し、
人類の士気をくじいた。
人類はオーバーロードを自然の一部として受け入れながら、
宇宙船から降りてくるのを待ちわびていた。
しかし5年経った今も人類は待たされていることが、すべての
トラブルの原因だと、国際連合事務総長のストルムグレンは思う。

カメラを構えた観光客が群をなすなか、唯一カレルレンとの会話を
許されているストルムグレンが宇宙船のなかに姿を消した。
彼らはとても友好的だ。

アレグザンダー・ウェインライトは長身で端正な顔立ちをしていたが、
根っからの正直者ゆえ危険な存在でもあったが、その誠実さを
嫌うことは難しい。
ストルムグレンはカレルレンが正体を現さないため、主体性を失ったと
反発するウェインライト一派に不信がられていることを告げる。
カレルレンは言う。
われわれの秘密主義はわたしの力の及ぶ範囲外の問題だが、
わたしも残念に思っている。自由連盟を懐柔できる声明書を
上司からもらう努力はするつもりでいると。

オーバーロードは人々に生活水準の向上と平和をもたらし、
カレルレンは尊敬を得、賞賛を博することができたが、
国連本部のテレタイプ回線を通じてしか人類に話しかけないことに、
人々は憤りを感じていた。

世界がカレルレン派と反カレルレン派に分かれた頃、
ストルムグレンが失踪する。
自由連盟内部の過激派グループに誘拐されたストルムグレンは、
自分の使命は終わり、これからはファン・ライバーグの出番なのだと
思うようになる。
誘拐犯で盲目のウェールズ人たちはカレルレンの正体を知りたがり、
ストルムグレンに詰問しているところに小さな丸い球体が現れた。
カレルレンが来たのである。
カレルレンは彼の持つ偉大な能力で、ストルムグレンを見失うことなく
首謀者を一網打尽にした。

そして人類の、ストルムグレンの最大の懸念であることの回答を、
カレルレンは50年後に、その正体を現すことを約束する。
オーバーロードの真の目的とは?
平和で理想的な社会をもたらした異星人との遭遇により、
新たな道を歩む人類を描いた壮大なスペースファンタジー。

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))幼年期の終り
(ハヤカワ文庫 SF (341))

(2012/12/21)
アーサー C クラーク、
福島 正実 他
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

悪人 吉田修一

悪人  

福岡市早良区荒江交差点から続く、早良街道と呼ばれる
263号線は三瀬峠に伸びている。
昔から、この三瀬峠には噂話が多い。
江戸時代初期の山賊の住処や、昭和の7人を殺害した犯人が
逃げてきた怪事件、新しくは宿泊施設チロル村での
発狂殺害事件などの噂話があった。

九州には珍しく積雪のあった日、長崎市郊外に住む若い
土木作業員が、福岡市内に暮らす保険外交員石橋佳乃を絞殺、
死体遺棄の容疑で長崎県警に逮捕された。

久留米駅に近い理容院イシバシの店主、石橋佳男には、
今年短大を卒業し、保険外交員をしながら、博多で一人暮しを
している娘・佳乃がいた。
その日、珍しく客足が途絶えなかったが、ようやく閉店時間の
7時になり、居間へ上がると、妻が娘と電話で話していた。
佳男は妻と電話を代わるが、友たちとご飯に行くからと、
ろくに話もせず切られてしまう。
それが、親子が交わした最後の会話であった。

佳乃は勤務している平成生命が借り上げているアパート
フェアリー博多に住んでいる。
30室全室を平成生命の外交員で占められており、なかでも
沙里と眞子のふたりと特に親しく付き合っていた。

2001年10月なかば、3人は天神のバーで、南西学院大学商学部
4年生の増尾圭吾のグループと出会い、佳乃は増尾から
メルアドを訊かれた。
実家が湯布院で旅館などを経営し、博多駅前に広いマンションを
借り、アウディA6に乗っている増尾にメルアドを訊かれたことが誇りで、
佳乃はそれから増尾と付き合っていると、つい2人に嘘をついてしまった。

3人が中洲の鉄鍋餃子店で食事しながらも、佳乃はこのあと増尾と
会うと沙里と眞子に嘘を重ねてしまう。
しかし実際に待ち合わせをしていたのは、出会い系サイトで
知り合った男のひとりだった。

そのころ長崎市の郊外に住む27歳の土木作業員清水祐一は、
三瀬峠の路肩に車を停め、時間を潰していた。
携帯を取り出し画像を開くと、顔は写っていない下着姿の佳乃がいた。
ラブホテルで撮ったこの写真に、佳乃は祐一に3,000円要求したのだった。

祐一との待ち合わせ時間は10時だったが、3人が鉄鍋餃子店を
出ときには10時30分を過ぎ、3人はそのまま地下鉄に乗り
千代県庁口駅で降り、2人と別れた
佳乃は薄暗い道を、待ち合わせ場所の公園へ向かった。

フェアリー博多に入居したころ、佳乃は出会い系サイトに
ハマっていたが、沙里と眞子と仲良くなってからは、
そんな時間もなくなった。
それが増尾にメルアドを訊かれたのち、ちっともメールが
来ないことに焦れて、またそのサイトに登録し、
出会ったのが祐一だった。

けれど、ルックスはいいが、なにをするにも自信のない様子で
ボソボソ喋る祐一を見るにつけ、佳乃は天神バーでダーツを
していた増尾を思い出してしまう。

祐一は高校卒業後、健康食品会社に入社するがすぐ辞めてしまい、
その後カラオケボックス、ガソリンスタンド、コンビニと職を変え、
23歳で今の土建屋の仕事に就いた。

東公園前の通りに駐車して待ちわびる祐一は、特に急ぐでもなく
歩いてくる佳乃を見て、軽くクラクションを鳴らした。

佳乃と別れてから、12時少し前に沙里が佳乃の携帯に電話するが出ない。
翌朝、博多営業所に出社し朝礼が済むと、営業部長がテレビをつけ
「三瀬峠で事件があったらしいな」と言う。

同僚の仲町鈴香が沙里に、増尾の後輩である土浦洋介に増尾の連絡先を
訊いて欲しいと頼まれ、洋介に電話すると、増尾が行方不明だと知らされる。

沙里が契約者たちの家をまわりながら、何度か佳乃にメールを入れるが
返信はなく、博多営業所に戻るとテレビのニュースで三瀬峠での
被害女性の特長を記すイラストが映されていた。
そのイラストは佳乃に酷似していたのである。

鈴香も戻るが、いまだ佳乃の行方が掴めないことに不安が募り、
眞子と沙里の3人で天神営業所に向かった。
そして営業部長の寺内吾郎にいきさつを説明し、寺内が警察署に
向かうと、遺体安置所には今春入社したばかりの石橋佳乃が横たわっていた。

待ち合わせた東公園で何があったのか?
佳乃はなぜ三瀬峠で殺されたのか?

増尾と佳乃が付き合っていることに疑念を抱く沙里。
サイトで知り合った男数人と実際に会っていた佳乃の
話を聞くのが嫌いではなかった眞子。
性に奔放な佳乃。
母に捨てられ、祖父母と暮らす祐一。

「どっちも被害者にはなれんたい」と話す祐一の優しさと悲哀。
被疑者を愛し、その温もりにただ少しでも長く触れていたいと願う光代。
明日のない逃亡生活の中で感じる愛。
ひとり娘を殺された両親。
祐一ではなく、事件の起因となった増尾に殺意を抱く佳男。
自分の罪など微塵も感じることなく、被害者を笑う増尾。
殺された女性の話を肴に盛り上がる大学生たち。

悪人とは誰なのか?

意味深な章題
第一章 彼女は誰に会いたかったか?
第二章 彼は誰に会いたかったか?
第三章 彼女は誰に出会ったか?
第四章 彼は誰に出会ったか?
最終章 私が出会った悪人
の五章で構成された、傑作長編ヒューマンミステリー。

不気味な三瀬峠の光景は、昔の塩尻峠を彷彿とさせる。
もうずいぶん昔に舗装され道幅も広くなったが、あの頃は外灯も
少なく急カーブが続く塩尻峠には、いろいろな噂話が飛び交っていた。

当時小さな工場を経営していた父は、経費節減のため、東京までの
納品を運送会社に頼まず、2トントラックで自ら運んでいた。
高速道路も松本まで繋がっていない時代である。
工場を閉めてから夕闇迫るころ出発し、日付けが変わる時間に到着して
荷を降ろし、トンボ帰りで戻るというハードスケジュールだった。
小学生だったわたしは、週末には助手席に座り、よく同行した。
10分ほど走れば、怖〜い塩尻峠にさしかかる。
ライトが左右に流れる急カーブで照らし出された1枚の看板。
そこに書かれていたのは
「ぼくはこのカーブで死にました」

新しい塩尻峠に変わると同時に、看板も撤去され、その意味する
恐怖も久しく忘れていたが、本書を読むうちに昔の塩尻峠に会うため、
そして自分かもしれない悪人を探すため、三瀬峠を訪れてみたいと
思うようになった。

悪人悪人
(2007/04/06)
吉田 修一
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テーマ : 本の虫
ジャンル : 小説・文学

クローズド・ノート 雫井脩介

ClosedNote.jpg

その男の人の後ろ姿には、人を惹きつける雰囲気があった。
白いシャツにインディゴブルーのジーンズが清潔そうであり、
きれいな背のライン、滑らかさが調和しているようなシルエットの
男性が香恵の部屋を見上げていた。

カラオケボックスでマンドリンクラブの同級生たちと自主練習を
終え、9月からアメリカに留学する葉菜の送別会をしようと
マンションに帰ってきたとき、その男の人を見かけ、香恵は
彼の後ろ姿と横顔に見とれてしまった。

「これで学校の先生になろうなんて」
香恵に対する葉菜の口ぐせ。
将来を見据えている葉菜に差がついてしまった気持ちもあり、
ドラマや本に影響されて目指した教職に少し自信喪失気味の香恵。

上昇志向が欠けている香恵は文具店のアルバイトも、末っ子的立場で
ぬくぬくと居心地がいいとしか思っていない。
押し入れも右側しか開けず、荷物も右から左へ押し込む癖が
染み付いている香恵が、「左手から開ければいいじゃん」と、
葉菜に指摘され左扉を開けると、そこには見覚えのない、
布で作られたエプロン型の手紙挿しが。

ポケットからはキャンパスノートとグリーティングカードが
覗いていた。
表紙の中央に「伊吹's note 」というタイトルと去年の年が
記されている。
好奇心はあるが、他人のノートを見ることには抵抗があり、
そのまま放っておいたが、月が変わり葉菜がアメリカにたってから、
一足早い秋風を感じるようになる。

「文具店の格は万年筆の取り扱いで決まる」が座右の銘である
今井文具店でアルバイトしている香恵もまた万年筆が好きで、
ドルチェピータ・ミニを愛用している。
お店の看板娘である可奈子に可愛がられ、「魂とは共感できる
ストーリーなのよ」と、万年筆の売り方を教わっている香恵に
「これ見せてください」と、無精髭を生やした青年から声がかかる。
ビスコンティのヴァン・ゴッホを指すその指は長く、それほど魅力的には
見えなかった万年筆が、彼の手の中におさまると、輝き映えて見えた。

青年が試し書きに、あくびをしている猫の顔を描いたり、ほかにも
何本か万年筆を手にしているうちに、閉店を知らせる音楽が鳴り、
「あ、じゃあ、また」とお店を出ていく。
そのあと香恵がスタンド看板を仕舞おうと店頭に出て、そばに
置かれていた自転車に目が留まった。

それはあのときマンションを見上げていた彼が乗っていた自転車だった。
今日は無精髭を生やしていたが、確かにあのときの男の人だった。

3日後、再び来店した彼の接客をしながら、「香恵ちゃん」という
声に振り向くと、そこには葉菜の彼氏・鹿島が笑顔を見せていた。
鹿島はペリカンの限定品であるスピリット・オブ・ガウディを買い、
香恵を夕食に誘う。

週が開け、やってきた無精髭の彼に、今井文具店オリジナル万年筆
“スィーツ”をすすめるが、彼は記入用の万年筆“スィーツ”の
試作品を購入し、石飛隆作という名前と26歳という年齢、雑誌や
広告に載せる絵や小説の挿絵を描く仕事をしていることを、
香恵は知ることができた。

夏休みが明け、学業が本分の香恵は、週1〜2回に減ってしまった
アルバイトに、石飛の来店を期待するが、ときどき現れるものの、
彼は香恵のことなど意識していないようだった。

葉菜も近くに居らず、石飛との距離も縮まらない。
しんみりと孤独に浸ろうとして、ふと違和感を覚える。
そう、伊吹さんがいた!
伊吹さんの存在が脳裡を過ぎり、クローゼットから、
伊吹さんの手紙挿しを外した。
滑るようにこぼれ出てきたグリーティングカードには、
個性的な字が絵の上に踊っている。
明るさと切なさが混ざり合った、学年末のお別れメッセージカード。
そして閉じられていたノートが開かれ、伊吹先生と4年2組の生徒との
学級風景、最愛の恋人である隆への溢れる想いが綴られた世界に包まれる。

小学校の教員だった著者のお姉さんが不慮の事故により他界し、
遺品のなかにあった子どもたちの手紙や連絡帳の写しからの感慨を
モチーフに創られた最高のものがたり。

クローズド・ノート (角川文庫)クローズド・ノート
(角川文庫)

(2008/06/25)
雫井 脩介
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テーマ : 本の虫
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Hollyzard

Author:Hollyzard
本が恋人です。
料理は大嫌いですが、でも実は天才なんです(笑)。
外でおいしいお料理に出会うと、勝手にアレンジしてマイレシピにしてしまいます。